地球規模の地電位差変動についての研究
藤井郁子,歌田久司
要旨
近年,国際電話通信に用いられてきた海底同軸ケーブルシステムが相次いで引退時期をむかえたのに伴い,これらのケーブルを地球科学目的で利用することができるようになった.すでに,太平洋では引退した七本のケーブルを用いた地電位差観測網が実現している.この観測網により,大規模な地電位差変動の長期間にわたる観測が可能になった.
大規模な電位差の原因には,外部磁場変動による誘導,海流による誘導,地球中心核のトロイダル磁場に伴う電場の漏れだし,の3種類が知られている.いずれも重要な情報を含んでいるが,中でもトロイダル磁場に伴う電場はケーブルならではの観測量として注目されている.
新しい観測網を活かすためには,まず一つ一つのケーブルでできることを検証することが不可欠である.本研究は,数千km規模の電位差観測を行い,観測値の比較的周期の短い成分に注目して,(1)外部磁場変動による電場変動から二地点聞の海底の平均的な電気伝導度構造を推定すること,(2)海流による電場変動からケーブルを横切る海流の性質を調べること,の二点を主な目的とする.短周期変動を詳しく調べることは微弱な中心核からの電場を検出するうえで大きな助けになる.
これらの目的のため三本の太平洋横断ケーブルを使用した.そのうち,西太平洋にあるGN (グアム−二宮,全長2700km)・GP (グアム−フィリピン,2716km) の二本については,1992年から継続して電位差観測を行った.GNは給電されており他の二本に比べてデータの質が悪いが,観測項目を増やし解析を工夫することで研究に使用できることがわかった.解析面では,GN・GPに加えて,アメリカのグループと共同しHAW-l (ハワイ−カルフォルニア,4000km) を用いた研究にも参加した.
外部磁場による電位差変動の研究では,GN・GPの電位差とケーブルの両端に近い3点の地球磁場のデータにMT法を適用し,直交する二方向についてフィリピン海プレートの平均的な一次元電気伝導度モデルを求めた.GNから推定されたモデルは海底下に80kmの低電気伝導度層を示しこれまでに知られているプレートモデルと似ているが,GPから推定されたモデルは低電気伝導度層の厚さが300kmあり,低電気伝導度層とプレートのリソスフェアを対応させる考えからは受け入れ難い.GNとGPのモデルに現われた著しい違いは,3次元的な海陸分布を取り入れた薄層近似モデリング(Makirdy et al.,1985)と沈み込むスラプの影響を考慮した2次元モデリング(Utada,1987)で説明できることがわかった.すなわち,表層の海陸分布がGPの電場をゆがめ一次元構造でみたときに低電気伝導度層を厚くする効果を与えていること,GNは海陸分布よりもスラブの沈み込みが影響していること,が示唆された.結局,GN・GP両方を満足するモデルとして,GNで得られたタイプのモデルにスラブを加えたものが,フィリピン海プレートの電気伝導度分布として最適であることがわかった.
海流による電位差変動の研究では,ホノルルの磁場を参照して外部磁場による誘導分を取り除いて,3.6年分の海流による電位差変動を抽出することに成功した.次に,海流を駆動する気象観測量とHAW-1の電位差の聞に高い相関が見られることを見つけた.周期5〜130日にわたり,ケーブルの電位差はECMWFによる海面上の風,圧力と太平洋上の広い範囲で最高0.8の高い相関を示す.これまで数百km以下のケーブルでは海水の流量と電位差に比例関係があることが知られていたが,4000kmのケーブルでも同様の現象があることが示唆された.また,相関の高い地域・周期はデータの期間によって異なっており,地球規模の気候変動を捉えている可能性がある.以上により,強い表面海流がない地域でもケーブルによって海流による電位差変動が観測できることがわかった.海洋変動でこのような長期間の連続データが得られたのは非常に珍しく,海底ケーブルの今後の利用に新しい可能性を示すことができた.